ゲノム編集というと、現在でもCRISPR-Cas9を思い浮かべる方が多いかもしれません。Cas9は非常に汎用性が高く、基礎研究から品種改良まで幅広く利用されてきました。一方、ゲノム編集技術の研究が進むにつれて、Cas9とは異なる特徴を持つさまざまなRNAガイドヌクレアーゼが見つかっています。その一つとして近年注目されているのが、TnpBです。 TnpBは、細菌などのゲノム中に存在するIS200/IS605、IS607系のトランスポゾンに関連するタンパク質です。2021年、Deinococcus radioduransのISDra2に由来するTnpBが、RNAによって標的配列へ誘導され、特定の配列を認識してDNAを切断するRNAガイドヌクレアーゼとして機能することが報告されました。現在では、TnpBはCRISPR-Cas12系ヌクレアーゼの進化的な祖先に位置するタンパク質群の一つと考えられています。 TnpBの大きな特徴は「小さい」ことTnpBがゲノム編集ツールとして注目される理由の一つが、そのサイズです。代表的なTnpBは約400アミノ酸程度で、1,000アミノ酸を大きく超えるCas9やCas12aと比較すると非常にコンパクトです。 ゲノム編集因子は、標的DNAを切断できればそれで十分というわけではありません。実際に利用するためには、編集因子をコードするDNAやRNA、あるいはタンパク質そのものを細胞へ導入する必要があります。特にウイルスベクターなどでは搭載できる遺伝情報のサイズに制限があるため、編集因子が小さいこと自体が大きな技術的メリットになります。 この特徴は植物でも活用され始めています。2024年にはTnpBを利用したイネなどの植物ゲノム編集が報告され、植物ゲノムに対しても機能することが示されました。 さらに2025年には、約400アミノ酸というTnpBの小ささを生かして、Tobacco rattle virusにTnpBとガイドRNAの両方を搭載し、シロイヌナズナを編集する研究が報告されています。編集因子を植物ゲノムに組み込むことなく、次世代へ遺伝する変異を得られた点も興味深いところです。 小さいだけではないTnpBTnpBは「小型版Cas9」と考えると、その特徴を十分に捉えられません。 Cas9がPAMと呼ばれる配列を認識するのに対し、TnpBではTAM(transposon-associated motif)と呼ばれる配列が標的認識に関係します。また、TnpBはタンパク質単独で働くのではなく、トランスポゾン末端領域に由来するRNAを利用して標的DNAを認識します。このRNAはreRNAやωRNAなどと呼ばれています。 さらに、TnpBは一種類の酵素ではありません。微生物のゲノムには多様なTnpBが存在し、それぞれ認識するTAMや活性などが異なります。つまり、新しいTnpBを探索することで、従来のCas9では標的にしにくかった配列にアクセスできる可能性があります。 天然に存在するTnpBをそのまま利用するだけでなく、編集因子そのものを改変する研究も進んでいます。2026年にはTnpBの大規模な変異解析から活性を高める変異が多数発見され、改変型TnpBではNicotiana benthamianaで最大55%のindel形成が報告されました。イネやピーマン、ヒト細胞でも活性向上が確認されています。同じく2026年には、改変TnpBを植物ウイルスで送達することで、N. benthamianaの標的部位において高い体細胞編集効率と、次世代へ伝わる編集が報告されています。 TnpBはすでに完成したゲノム編集因子というよりも、探索やタンパク質工学によって、これからさらに性能を引き出せるRNAガイドヌクレアーゼ群と見る方が近いでしょう。 Cas9とは異なるゲノム編集の選択肢TnpBのもう一つの重要な意味は、Cas9とは異なる技術基盤からゲノム編集を実現できることです。Cas9は非常に優れた編集因子である一方、実用化や商業利用では技術性能だけでなく、利用する技術に関係する知的財産やライセンスも考える必要があります。 TnpBやそれに類似するRNAガイドヌクレアーゼはCas9とは異なる分子系であり、Cas9技術のライセンスに依存しないゲノム編集系を構築するための選択肢の一つになり得ます。 もちろん、「TnpBを使えばあらゆるCas9関連特許を自動的に回避できる」という意味ではありません。実際の事業化では、編集因子だけでなく導入技術や用途、対象国などを含めて個別に他の特許の権利侵害を冒していないかFreedom to Operate(FTO)を確認する必要があります。それでも、異なる原理と異なる知財基盤を持つ編集因子を複数確保することには大きな意味があります。 TnpBから、さらにTnpB-likeヌクレアーゼへ探索対象が既知のTnpBだけに限定されません。インプランタイノベーションズ、産業技術総合研究所、TOPPANホールディングスの3者による共同研究では、既存のデータベース上でTnpBとは分類されていないタンパク質まで探索範囲を広げ、RNAガイドヌクレアーゼとして働く新奇のTnpB-like RNAガイドヌクレアーゼを見出しました。 その一つがAsaTnpB-Lです。このTnpB-like RNAガイドヌクレアーゼ技術については、特許第7821459号「TnpB様RNAガイドヌクレアーゼ複合体」として特許登録されています。AsaTnpB-Lは植物感染性バクテリアのゲノム中の機能未知タンパク質群から立体構造予測に基づいて既存特許範囲にない600アミノ酸程度の小型RNA誘導型ヌクレアーゼ(TnpB-L)を選抜し、さらに機能解析を進めることで、ヒト培養細胞や植物で実用レベルのゲノム編集を実現することができました。 つまり、TnpB研究から見えてきた可能性は、単に「600アミノ酸程度の新しい編集因子を一つ発見した」ということだけではありません。タンパク質配列や立体構造を手掛かりに探索範囲を広げることで、まだ利用されていないRNAガイドヌクレアーゼを見つけ、改良を重ねることでゲノム編集ツールとして利用できる可能性があるということです。 ゲノム編集因子は適材適所へ今後、TnpBやAsaTnpB-L がCas9すべて置き換えるわけではないでしょう。むしろゲノム編集技術の選択肢が増えること自体が重要と考えています。 実績が豊富で高い編集活性を持つCas9、小型で送達しやすいTnpBやTnpB-likeヌクレアーゼ、さらに長いDNA領域を欠失させることのできるCas3など、編集因子によってその性質は大きく異なります。数塩基の変異を導入したいのか、大きな領域を欠失させたいのか。どの配列を標的にしたいのか。編集因子をどのような方法で植物細胞へ導入するのか。そして、研究用途なのか、最終的に品種開発や商業利用まで進めるのか。こうした条件によって、適切な編集因子は変わります。 インプランタイノベーションズでは、従来のCRISPR/Cas9系だけでなく、CRISPR/Cas3を用いた植物ゲノム編集の研究開発や、今回発見したAsaTnpB-Lを利用したゲノム編集研究にも取り組んでいます。「どのゲノム編集因子が最も優れているか」ではなく、「目的に対して、どの編集因子が最も適しているか」。ゲノム編集技術の選択肢が増えるにつれて、編集因子そのものを適材適所で選ぶことが、これまで以上に重要になっていくと考えています。 植物ゲノム編集のご相談についてインプランタイノベーションズでは、研究目的でのライセンスを取得しているCRISPR/Cas9ゲノム編集技術に加え、国産技術CRISPR/Cas3や当社オリジナルのAsaTnpB-Lなど、目的に応じた編集因子の選定から植物細胞への導入、再分化、編集個体の取得、遺伝子型解析、後代評価まで一連の開発を支援しています。 「既存のCas9では狙いにくい配列を編集したい」「海外特許に依存しない知財基盤を持つゲノム編集ツールが使いたい」「新しい編集因子を植物で評価したい」といった基礎研究から実用を目指した研究開発のご相談にも対応可能です。 植物ゲノム編集技術の導入や共同研究、PoCをご検討の場合は、お気軽にお問い合わせください。 *プレスリリース*新しい小型ゲノム編集ツールを純国産で開発 「AsaTnpB-L」のお知らせ