新オルガネラ「クレプトソーム」光合成をするのは植物だけだと思っていませんか?実は海のウミウシの一部は、藻類を食べて葉緑体だけを抜き取り、自分の体内で光合成させるという離れ業をやってのけます。2025年6月公開の論文では、ウミウシに取り込まれた葉緑体が、ウミウシ自身が作る「クレプトソーム(kleptosome)」という新しいオルガネラに一つずつ収納されていることが報告されました。このクレプトソームは、「動物なのに光合成?」という長年の謎を解く重要な細胞小器官でした。Reference:https://www.cell.com/cell/abstract/S0092-8674(25)00637-3 光合成装置である葉緑体を守る“クレプトソーム”って何?クレプトソームは、ウミウシが藻類から盗んだ葉緑体を“生かしたまま”維持するための専用ポーチのようなもの。その中にはATP感受性イオンチャネルが備わっていて、内部のイオン濃度やpHを調節し、葉緑体が光合成を続けられる環境を維持していることが示されました。要は「盗んできた葉緑体を動かし続けるための生命維持装置」です。クレプトソームのおかげで、ウミウシが獲得した葉緑体は1年近く機能し続けることができます。 非常時は“食べる ―― 二段構えのサバイバル戦略さらに興味深いのは、飢餓に陥るとウミウシがクレプトソームごと葉緑体を分解して栄養に変える点です。普段は緑色の体色が、餌が尽きると紅葉のようにオレンジ色に変わる現象も観察されています。これはクロロフィルが分解されたサインで、光合成を行っていた葉緑体が“非常食”へと役割転換した証拠です。エネルギー生産と備蓄、両方を一つの仕組みでこなす、したたかな生存戦略なのです。 クリックケミストリー解析、そして進化の過程を目撃する研究チームはクリックケミストリーという手法で葉緑体内のタンパク質が「ウミウシ由来/藻類由来」を見分け、クレプトソーム内の葉緑体にウミウシ側のタンパク質が多数入り込んでいることを示しました。同時に葉緑体自身の遺伝子由来タンパク質も作られ続けており、“盗品”と“自前”のハイブリッド運用が明確になりました。今回の研究は、ウミウシにおいてサンゴやイソギンチャクで見られる「不要なときはオルガネラを保持し、必要になったら消化して使う」という仕組みが独立に進化した可能性を示唆します。これらの結果は、太古の内共生(ミトコンドリアや葉緑体が取り込まれたイベント)の「過程」を、現代の海で目撃できるモデルというわけです。 “動物がオルガネラを借りて生きる”という新しい見方クレプトソームの発見は、動物細胞が一生の間に外来オルガネラを受け入れ、維持し、必要に応じて消化するという驚異的な柔軟性を示しています。ウミウシは光合成だけで完全自給自足しているわけではありませんが、エネルギー獲得・カモフラージュ・防御・栄養貯蔵といった複数の目的を、一つの仕組みで器用に両立させている可能性があります。この“今も進行中の内共生”を追うことで、生命進化の大事件を再現する形で理解できるだけでなく、植物分子育種学、細胞工学や合成生物学、さらには医療領域にも新しいヒントをもたらすかもしれません。*関連サービス:メタボローム解析*