CRISPR/Cas9をはじめとするゲノム編集技術は、この10年で飛躍的な発展を遂げました。一方で、目的の遺伝子が導入された植物細胞を選び出す「選抜マーカー」はどうでしょうか。現在でも研究現場で広く使われているのは、1980年代に確立されたカナマイシン耐性(NPTII)、ハイグロマイシン耐性(HPT)、bar遺伝子などです。2026年、こうした定番マーカーに新たな選択肢となるSmRが報告されました。本稿では、植物形質転換を支えてきた選抜マーカーの歴史を振り返りながら、SmRの特徴と今後の可能性について紹介します。植物形質転換に欠かせない「選抜マーカー」植物細胞に遺伝子を導入しても、実際に目的のDNAを取り込む細胞は一部です。そのため、形質転換された細胞だけを生存・生育させる選抜マーカーが、植物形質転換技術の基盤として使われています。ゲノム編集や合成生物学は急速に進歩していますが、選抜マーカーについては、現在も1980年代に開発されたものが中心です。選抜マーカーは地味な技術に見えるものの、形質転換効率、偽陽性、再分化効率、複数遺伝子の導入設計を左右します。現在も使われる主要マーカーは1980年代に登場した植物形質転換で広く使われてきた代表的なマーカーを簡単に紹介します。NPTII/カナマイシン・G418耐性1983年、Bevanらは、細菌由来の抗生物質耐性遺伝子を植物細胞で発現させ、形質転換細胞を選抜できることを報告しました。HPT/ハイグロマイシン耐性1985年には、ハイグロマイシンB耐性遺伝子を植物形質転換の選抜マーカーとして利用する系が報告されました。bar・PAT/ホスフィノスリシン(グルホシネート)耐性1987年には、bar遺伝子によるホスフィノスリシン(グルホシネート)・ビアラホス耐性が、タバコ、ジャガイモ、トマトなどで示されました。除草剤耐性で選抜できることから、研究用途と作物開発の双方で広く使われるようになりました。PMI/マンノース選抜抗生物質や除草剤を使わない選抜系として、2000年にはPhosphomannose isomerase(PMI)を利用したトウモロコシ形質転換が報告されています。形質転換細胞だけがマンノースを炭素源として利用できる「ポジティブ選抜」です。新しい選抜マーカーSmRの登場2026年に愛媛大学の研究グループが、シロイヌナズナ用にコドン最適化したストレプトマイシン/スペクチノマイシン耐性遺伝子aadA1をSmRと名付け、シロイヌナズナの核形質転換用マーカーとして報告しました。aadA自体は新しい遺伝子ではなく、以前から葉緑体形質転換に用いられてきましたが、これを核形質転換用のシンプルなマーカーとして再設計したというのが今回の報告です。特にスペクチノマイシンは、耐性個体と非形質転換体の判別が明瞭であり、カナマイシン、ハイグロマイシンとの交叉耐性がないため、これらとの三重選抜が可能となっています。なぜ新しい選抜マーカーが必要なのか選抜マーカーの追加は、単に選択肢が一つ増えるだけではありません。すでにNPTIIやHPTを持っている形質転換系統では、同じ選抜マーカーを使った再形質転換が難しくなりますが、SmRを利用できれば別の選抜条件で追加遺伝子を導入することができます。また、複数のベクターや遺伝子カセットを順次導入する場合、独立した選抜マーカーが必要になりますが、SmRが加わることでカナマイシン、ハイグロマイシン、スペクチノマイシンを使い分けて多重形質転換体を作製することができます。現時点では、SmRが実証されているのはシロイヌナズナですが、トマト・ダイズなど他の双子葉植物やイネ・コムギなどの単子葉植物での実証、カルスや不定芽を介した形質転換での実証ができれば、広範な植物へ適用にできる普遍的な選抜マーカーになる可能性があります。さいごに今回報告されたSmRは葉緑体形質転換で長年使用されてきたaadAをシロイヌナズナ核形質転換マーカーとして再構築したものです。NPTII、HPT、barなど、植物形質転換で広く使われる選抜マーカーの多くは1980年代に登場しました。既存マーカーと交叉耐性がなく、安価で、視覚的に判別できるSmRは、久しぶりに登場した実用性の高い選択肢といえます。今後、イネやトマトをはじめとする作物で利用可能かが検証されれば、複数遺伝子導入や逐次形質転換を支える新たな標準マーカーになる可能性があります。【引用文献】Bevan et al. 1983:NPTII/G418・カナマイシン耐性A chimaeric antibiotic resistance gene as a selectable marker for plant cell transformationWaldron et al. 1985:HPT/ハイグロマイシン耐性Resistance to hygromycin B: A new marker for plant transformation studiesDe Block et al. 1987:bar/ホスフィノスリシン耐性Engineering herbicide resistance in plants by expression of a detoxifying enzymeSvab and Maliga 1993:aadAによる葉緑体形質転換。High-frequency plastid transformation in tobacco by selection for a chimeric aadA geneNegrotto et al. 2000:PMI/マンノース選抜The use of phosphomannose-isomerase as a selectable marker to recover transgenic maize plants (Zea mays L.) via Agrobacterium transformationMiki et al. 2026:SmR/ストレプトマイシン・スペクチノマイシン耐性A Simple SmR Selectable Marker Gene for Streptomycin/Spectinomycin Selection in Arabidopsis Nuclear TransformationSundar and Sakthivel 2008:選抜マーカーの歴史・総説Advances in selectable marker genes for plant transformation